海のうえにある家に住む男の話-1-imaginary number

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砂浜の近くには家が建っていません。「うずまき」のせいです。前ぶれもなく海の水と空気のまざった「うずまき」がやってきます。「うずまき」は両手を広げたぐらいの大きさです。海の向こうからやってきますが、それを確かめた者はいません。

「うずまき」が家に入ってくると、建物はこわれてしまいます。なので、砂浜の近くには建物がありません。「うずまき」は、ものすごい力をもっています。大人でも、軽く空の彼方へと飛ばされていくそうです。町の人は鉛のおもりをつけた服を着て、砂浜に近づきます。空に消えてしまうのは悲しいことです。

「うずまき」は砂浜で小さくなります。砂が混ざると「うずまき」はおとなしくなるのです。だから、砂浜の近くには家がありません。海から少し離れたところに天気の観測塔が建っています。観測塔の職員は双眼鏡で海の向こうを一日中、眺めています。「うずまき」を見つけると鐘を鳴らすのが職員たちの役目です。

ひとりだけ海に住む男がいます。男の家は海のうえに建っていました。頑丈な鉄の骨組みだけでつくられたジャングルジムみたいな建物です。男は、そこで海に浮かんだ木をひろっていました。大木ではありません。波に浮かんだ小さな木の枝をひろっています。

この町で地動説が定められたのは十年前のことでした。いまだに天動説を信じている人が多くいます。木の枝は海の向こうから流れてきたものだと言われていました。海の向こうの向こうには大きな滝があって、その滝の下には大きな大きな森があるという噂です。噂を確かめた者はいません。海の向こうの向こうの向こうが果てしなく遠くにあるからです。

この町にはふたつの船があります。ひとつは、その昔、冒険者が海の向こうの向こうの向こうまで白い船を出しました。幾年か過ぎて、船だけがもどってきました。冒険者のゆくえは誰も知りません。白い船は、いまも砂浜にうもれてたままです。もうひとつは博物館に置いてありました。とても古い帆船です。この町の漁師は鉛の服を着て、砂浜から網をなげ、小さな魚をとります。

男がひろっている木の枝は町のお金としてつかわれていました。それが男のお仕事です。男は朝から夕方まで海面に穴が開くぐらいにじっと見つめて、手のひらでつかめる大きさの枝を探しています。コツはありません。ただただ、ひたすらに波と波のあいだを見つめています。男が注意するのは、まばたきする時間ぐらいです。そして、ちょうどいい具合の枝を見つけると、小さな虫とり網ですくいます。

すべての木の枝がお金にはなりません。男がねらっているのは「1」の形をした枝です。キレイな「1」だけを探してました。数十の「1」をとれる日もあれば、まったく流れてこない日もあります。たいへんなお仕事です。お金がなくなると町の人たちは困ってしまいます。男は夕方になると、町のえらい人が集まるところへ「1」をもっていきます。とても、たいへんなお仕事です。

男がお仕事をするのは長くても1季節ほどぐらいでしょうか。海面ばかりを眺めているので、男は「うずまき」に気がつきません。「うずまき」といっしょに男は空へと消えてしまいます。天気の観測塔では男が消えると、悲しい鐘を鳴らします。町の住民はその鐘の音を聞きながら、空を見上げて祈りをささげます。

そして、次の日には別の男が木の枝をひろうお仕事をします。とてもとても、たいへんなお仕事です。

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