四冊の本を守る館の話-4-imaginary number
町の小学校の隣には図書館が建っています。小さなお家のような館です。ぼくは、そこで本を守っています。本は4冊しかありません。町にある古い本は図書館に残された4冊だけなのです。ぼくは、そんな本たちを保存する大切なお仕事をしています。
すべての本は丈夫なカバーにおおわれていました。2つの本はゾウ革のカバーです。あとの本はそれぞれ、ヘビの抜け殻を重ねたもの、もうひとつは遠い祖先が織った布でつくられています。ただ、本当のことは謎です。町にはゾウも模様のあるヘビもいません。おそらく、そうだろうというのが、この町ではよくある話なので、あまり誰も気にしません。
三日に一度、ぼくは4冊の本を館の外に出して日光にあてます。太陽の光は目に見えない小さな虫には有毒です。ぼくは4冊の本を図書館の入口にある鉄の柵に立てかけておきます。それだけです。そのあいだ、ぼくは小部屋の掃除をしたり、昼の塩パンを食べたり、午後のお茶を飲んだりして、時間をつぶします。
時間は無限ではありません。ときおり、イタズラをする小動物を見張りながら、ぼくは空を眺めます。おだやかに雲が海から流れてきて、うっすらとした潮の匂いがとても心地よいです。図書館のある場所へ向けて、町の壁にあたった風が集まってくるような気分になります。生ぬるい空気は本についた虫だけでなく、ぼくの中の虫も消し去っているのかもしれません。
夕暮れ前には4冊の本を図書館の棚にならべます。そして、ぼくは4冊の本のあたまを軽くなでてやり、館にある37のカギを入念に閉め、カギの束をポケットに入れ、部屋の灯りを消し、ドアの四隅にある4つのカギを確認してから帰宅の道を進んでいくのです。
4冊の本に何が書かれているのかは知りません。ぼくの仕事は本を守ることです。中身は見てはいけません。それが町の決まりでした。ぼくは4冊の本が開かれる日が来るまで誰にも見られないように守ることがお仕事なのです。町の誰もが仕事をしていました。いつから始めたのか覚えていないのが本当の仕事だと、ぼくは信じています。強く強く信じていました。

吉川 敦

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