あなたは、白昼夢を見ていますか?

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「白昼夢」は起きている状態での空想や妄想です。決して、夜の「夢」とは関係ありません。不思議です。どこからやってきた語源なのか不可思議です。誰が「夢」という言葉をつけたのでしょうか?

わたしは「白昼夢」を見なくなりました。過去形です。幼い頃は、よく「白昼夢」に没頭していいました。日々のルーティンワークみたいなものです。朝ごはんを食べたあとの歯みがきと似ていました。「白昼夢」はぼんやりとした空想の世界です。青い空を見上げるだけで宇宙の果てまで意識を飛ばすことができました。一度、入ってしまうと抜けられない、ひとつの快楽です。

今のわたしが昼に見る「夢」。もう、「白昼夢」と言えなくなりました。子どもだったときとは明らかに違います。「夢」に現実的という考えが混ざって濁っているのです。どうしても常識や非常識というやつらが割り込んできます。それが人間としての成長なら、あまり良い気分にはなれません。「白昼夢」は遠ざかりました。イヤな大人です。

わたしは「白昼夢」から縁を切られしまいました。

決して、子どもが純粋だとは思いません。残酷な面を持っているのも子どもですから。ただ、それらも含めて、何かを子どもの時代に置き忘れてきました。大切なものなのかは、それぞれの人によって受け止め方が異なるはずです。わたしは、とても貴重なものだと思っています。わたしは「白昼夢」に愛想を尽かされました。もう、わたしの手には入らないでしょう。

わたしが「白昼夢」を見なくなったのは、そう、幼き時代に何かを落としたせいです。

何か……そういう表現でしか書けません。2次元の住民が3次元の世界を説明できないことと同じです。もしも、その何かが分かるのなら、とっくの昔に探しています。意地でも奪い取っているはずです。俗物に汚されすぎました。子どもの身体に付いた泥とは違います。洗ってもキレイにはなりません。

持続しない妄想。
意図した方向へとムリに流していく空想。
果てしなき昼に見る夢を止めようとする自制心。
……。
それらが少しでもあるぼんやりは「白昼夢」と呼んではいけない……そんなふうにわたしは思っています。「また、見てみたい?」。わたしは「はい」と即答します。

 

あなたは、最近、「白昼夢」を見ていますか?

 

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