自分の居場所

日本語学校に通う留学生が授業で配られたプリントを見せてくれた。
書かれている日本語の意味を回答するという、問題集の中の一ページみたいなものだ。

ここはひとつお手本になるような、いいところを見せてやろう。
そんな気持ちでプリントを見てびっくりした。
意味のわからない言葉が、そもそも言葉って呼ぶべきかわからない記号までが、並んでいたのだ。
卍のマーク。
これはお寺を示す地図記号ではなかったか。

「お寺でしょ?」
戸惑いつつも口にすると、さらにおかしな返事が返ってくる。

「ちがう! 意味はナイ!」

意味がない?
意味を回答しなければならない問題で意味がないとはなにごとだ?

もうね、すぐにインターネットで検索しましたよ。だってわからないのだもの。
辞書を引いたらいいとも思えないし。
結論から言うと、卍のマークは本当に意味がない言葉なのだって。
気持ちのたかぶりとか、その時々の話にニュアンスを付けるとか、テンションをあげるためだとか、いろんな場合に使われる言葉なんだそう。
そっか、イェイ(Yeah)みたいな言葉なのねと、私は勝手に理解した。

それで、読み方は?
書くときは卍のマーク、声に出すときはそのまんま、「まんじ」って発音すればいいみたい。
実際に口に出せるような機会があるとは思えないけれど、まあ、わかりはした。

他にも新しい言葉は難しくって、「ちょ」とか、「くさはえる」とかいった言葉が私にはわからず、かろうじて「とりま」や「イケボ」がわかったくらいだった。

もう若者には入れてもらえないのだと、これはわかってはいたことだけれど、淋しい気持ちになる。
若者じゃない。だからといって、じゃあ、おかあさんグループや、おばちゃんグループに入れてもらえるかというと、これがまたそういうわけでもない。
そっちはそっちで、「そう、お子さんはいらっしゃらないの」だとか、「まだまだわかってないわね」だとか、私ではグループの加入条件に沿わないようで、バシンと鉄壁のブロックで跳ね除けられる。

こんなことを書いて、グループ化についての批判をしようというわけじゃない。
世の中こんなことばっかりじゃないとわかってもいる。
だけれども、「じゃあ、私はどこに?」って、突如叫びたくなるから言わずにはいられないのだ。

似たようなことは以前からあった。
学校やバイト先でまわりの人から、「変わってるね」、「個性的だよね」、そんなふうに言われて、微妙な距離をとられることが多かった。
褒められているのか貶されているのかわからない言葉で、「あなたとは一緒じゃない」と宣告される感じだ。

じゃあ私は個性派なのかってその気になって、本当にそういう人たちのグループ、演劇集団とか芸術を志す人たちとか、私が個性的だなと思って憧れる人たちのところへ近づいて行っても、そっちに入れてもらえるわけでもない。
「ちゃんとしてるね」
「ふつうにできて羨ましい」
そんな言葉で、これまた遠ざけられる気がした。

そしたら私の居場所は?
私はどっち?

自分探しじゃないけれど、どっちつかずの中途半端な自分について、ずいぶん悩んだこともあった。
ひとりでもなんとかなったでしょって、今なら若かりし頃の自分にさくっと言ってやれるのだけれど、今の自分のこととなるとまた迷い始めてしまう。

ありがたいことに出会いがないわけじゃない。
たくさんの人に巡り合ってもなかなか関係が深まらないのは、情が薄いのか、私の人柄が困ったものだからなのか。
とにかく新しい場所へ行くたびに、知らぬ世界を訪れるたびに、私は常にドキドキしつつ落ち込んだり悩んだりしている。

出会いの一瞬で仲良くなれちゃう人や、いつの間に連絡先を交換したのか、真夜中にかわされたのであろうやりとりを匂わせる人や、そんな人たちを見ては、魔法なのか、時間の歪みなのか、わからないけどきっとどちらかにちがいないと思考を停止する。ちょっぴり羨ましいなと思っても、何歩も引いて構えちゃってひっそりと、「ただ群れているだけじゃ、私の欲しい関係じゃないよね」、なんて心の声で憎まれ口を叩く。

面倒くさい思いをしてまで誰かと一緒にいるのはイヤだっていう我の強さもあり過ぎてどうしようもない。
自分王国を出て生きてはゆけない自己中心族。
そんななのだから、居場所はどこだもなにもあったもんじゃない。
そりゃあ、ダメだ。わかっている。
けれどそれが私らしさでもあるんだろう。

「ほんとうになんとも生きにくい。でもまあそれは仕方ないんだよね」
よくあることにまた私はつぶやく。
ほんとうにこんなことばっかりだ。それもこれもあれもどうしようもない。

つぶやくことで受け入れて、なんとかやっていく人生である。

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宗像 ちよこ
日常生活をテーマに、エッセイ、散文詩、小説を書いています。 身の回りのふつうのこと、さりげないこと、大切なこと、疑問に思うことを、できるだけ簡単な言葉で簡単な文章で書きます。 そうして作った作品が、読んでくださった誰かの心に、小さなお土産を残せるように、誰かにちょっぴりきっかけを作ることができるように、そんなことを考えて書き物をしています。
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