空へ帰っていく女

Tweet about this on TwitterShare on Facebook0Share on Google+0Share on Tumblr3Pin on Pinterest0

girl-1438138_1280

こんな雨の中で何をしているのかって?ここから雨が降るのを眺めながら止むのを待ってるの。
えっ、中へ入って待てって?ううん、いいの、ここで待ちたいの。この時期の雨は寒くもないし、涼しくてちょうどいいくらい。平気よ、ありがとう。
なぜ雨が止むのを待っているのかって?少し説明が面倒になるけどそれでもいい?
あたしは、この雨が止んで、太陽に照らされて道路が乾いて、濡れた看板や、フェンスや、街路樹の葉に残った雨粒が蒸発してなくなるのを待っているの。それを見届けたら、あたしもこの場所から蒸発する。いやだな、失踪なんかじゃないの。文字通り蒸発するのよ。あたしは気化して、空へ戻っていくの。

頭がおかしい女だと思ってるでしょ。確かにおかしいのかもね。でも、あたしは真剣。場所はもう決めてあるの。ここから2本先の通りを左に曲がったところに広い公園があるでしょ。そこから蒸発して空へ帰るの。そして、またタイミングを見計らって雨粒になって空から降ってくるの。
自殺?いやだ、人聞きの悪いことを言わないで。自殺なんかしない。蒸発するだけだって言ってるじゃない。気化して空へ戻っていってもあたしはあたし。あたしはあたしという粒子として確固として存在しているの。そして、また空から雨粒になって降ってくるのもあたし。あたしはどうやったってあたしなの。わかってもらえる?

正直に言えば、地上にいることに少し疲れちゃったの。あたしの望みとは関係なく色んな事が次々に起きて、そのたびに感情が揺れ動くのが面倒くさくなっちゃった。だから、空に戻って少しのんびりと外界を見下ろしながら休みたいの。
あら、エスプレッソを淹れてくれたの?ありがとう。そうね、ここはカフェの前よね。あたしったらこんな場所に立ってて邪魔してない?大丈夫?じゃあ、遠慮無くいただくことにするわ。

あまりに疲れ果てたら蒸発しようってずっと決めてたの。何かあったのかって?そうね、色んな事があったとだけ言っておく。別に悪いことばかりが続いたわけでもないの。ただ、感情に振り回されるのは想像以上に面倒くさいってこと。もちろん、感情があるのは素敵なことだし、たとえそれが悲しいことでも、ちゃんと揺れ動ける自分を誇らしく思ってる。何も感じなくなりたいとは思ったこともない。でもね、今はちょっと度を超えちゃったのかな。

このエスプレッソ、すごく美味しい。あなた、とっても腕のいいバリスタなのね。こんな場所であたしとお喋りなんかしてていいの?雨で暇だから大丈夫だって?じゃあもう少し話しててもいい?正直に言うと、1人で雨が止むのを待っていることにちょっとだけ退屈していたの。
先月くらいから、次にいい具合に雨が降ったら、その時がチャンスだと思ってた。毎朝起きたら空を見て、天気予報を観て、今日みたいに雨が降る日を待っていたの。こういう雨が止んだ後の、蒸発する前の雨粒ってすごくきれいでしょ?だからきれいな雨粒と一緒に蒸発しようと決めてたの。ね、ちょっと素敵でしょ?

だから今日の朝、雨音で目覚めた時には嬉しかった。激しすぎない、優しい雨の音。しばらくベッドで雨音を楽しんでから、準備をはじめたの。とっておきの服にレインブーツ、お気に入りの傘。ほら、なかなかおしゃれでしょ?部屋の鍵は友達に預けてきた。それから家主にとりあえず半年分の家賃を払ってきた。これで少なくとも半年は部屋をキープできるってこと。ただ、戻ってくるのはきっともっと先ね。それで部屋がなければ、誰かのところに転がり込めばいい。

あ、もうすぐ雨が上がりそう。タバコを1本だけ吸ったら、もう行くわ。エスプレッソ、本当に美味しかったわ、お喋りにもつきあってくれてありがとう。また空から戻ったら今度は美味しいラテを飲みに来るね。

じゃあ、また。

The following two tabs change content below.
雑文とふらふら写真。今日もどこかで生きてます。 I'm always being on the road.

最新記事 by madokajee (全て見る)

あわせて読みたい