【超短編】最後の贈り物(たなかなつみ)

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幼いころ、お祖母さまから紙の束をいただいた。大切にしてね、とお祖母さまは言った。軽々しく扱って濡らしてしまっては駄目よ、と。だからそうした。ぴったりのサイズの綺麗な箱を拵えて、乾燥剤と一緒にいただいた紙の束を入れた。一枚ずつ出しては色鉛筆で着色し、神棚に納めてから焚いて天と地に返した。

お祖母さまは亡くなるとき、あなたはいい子ね、と言った。だけどね、それだけでは、大切なものは見つけられないのよ、と。

わたしは泣いた。泣いてお祖母さまからいただいた紙の束をびりびりに破いた。泣きながら破れた紙の束を抱えて、川に流した。

一瞬で、川は染まった。そこにあるのは絵だった。深い深い森の絵。空の絵。それが、流れに応じて、細かに変化していく。樹々が染まり、葉が舞い、鳥と獣がやってきては消えていく。建物が建ち、人が集まり、村ができては消えていく。

一幅の川は大きな大きな物語となり、そして流れていく。

わたしは大きく目を見開いて、お祖母さまが残してくれた宝物を食い入るように見つめた。話の流れが速すぎて、すべてをつかむことができない。けれどもわたしは夢中になって、その広がり消えていく物語を追い続けた。

そして、わたしの手にはお祖母さまの紙が一枚だけ残された。結局すべてを流してしまうことはできずに、わたしの手のなかでくしゃくしゃにされた真っ白な紙が。

これをあなたにあげましょう、愛しい子。わたしにはもう要らないもの。そうしてあなたにおまじないをかけてあげる。

大切にしてね。そして、いつの日かあなたに物語が必要なときが来たら、この紙の上で涙を流しなさい。あなたの涙はあなただけの物語。軽々しく扱っては駄目よ。

そうしてわたしは目を閉じた。もうすぐわたしの身体から水が消えて、わたしが紡いできた物語も消える。愛しいあなたのその後の物語は、あなた自身に託された、わたしからの最後の贈り物。

――了――

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tanakan
ものぐさな書きもの修行中の超短編や。

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