トチノキ【小説】

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郊外に越したばかりの加藤から、遊びに来いと誘われたので、酒を持って出かけた。
親戚の誰かから古い家を譲り受けたと聞いていたが、予想以上に大きな家であった。都会ではあり得ない庭の広さだ。
玄関でいくら呼んでも出てこないので痺れを切らして庭のほうにまわると、見事な大木と、その幹からもぞもぞ這い出す加藤の姿があった。ご神木かと見まごうほどの大木だ。
「やあ来てたのかすまんすまん」
加藤は私を見つけて手を振った。腰から下はまだ木の中である。
「君が来るからと片付けをしていて、思ったより時間をくってしまった」
私のために庭木の手入れまで、と恐れ入ると、
「庭木じゃない。この木が僕の家なのさ」
と、加藤は言った。
「この洞の中で暮らしてるんだ」
こんな大きな家があるというのに、冗談だろう。
「ああ、この家は従兄弟のものなんだ。僕が継いだのはこのトチノキだけさ。さあどうぞ入って」
加藤に背中を押されて、私はトチの幹の大きな割れ目に頭を突っこんだ。ゴツゴツした根をまたぐと完全に木の中だった。ランプを手にした加藤も入ってくる。
「窮屈で申し訳ない」
加藤はそう言ったが、男二人でも意外に余裕があった。
ランプを灯すと、ぼんやりとした光が洞の内部を照らし出す。両手をのばせるくらいの広さに、キャンプ用の椅子とテーブルが置かれ、肩の高さにハンモックが吊るしてあった。ハンモックの中には本が二冊と毛布。壁の出っ張りにシャツを引っ掛けてある。ほかの道具は地下室にしまってあるそうだ。地下室も見てみたかったが、まだ掘ってる途中だから、と断られた。
私たちはひんやりと静かな洞の中で、プラスチックのコップに酒を注いだ。ランプの灯で、コップの影がゆらりと揺れる。
「地下室が完成したら、次は煮炊きできる場所がほしいんだ。今は主家に台所を借りてる状態だからね。二階を作って窓をつけるんだ」
加藤はそれから程なく、会社に休職届を出した。おそらく自宅の改装に忙しいのであろう。

私はといえば、あれ以来自分の家が味気なく見えて仕方ない。加藤の熱気がうつったらしい。通勤途中に庭木のある家を見るとつい覗いてしまう。休みの日など、大木を探しに山歩きを始めてしまったほどである。

そんなわけで、もし庭に大木をお持ちの方がいれば、その木を譲っていただけないだろうか。改築させてくれるなら、下宿でもいい。週末だけの間借りでも構わないのだ。もちろん下宿代は払うので。
そういう家にお住まいの方、そういう大木をご存知の方でもいい。ぜひお知らせ願いたい。

(了)

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戸田鳥
「あることないこと、ありえないこと、あったかもしれないこと」を短い物語にしています。 AmazonとBCCKSにて電子書籍の公開・販売中(紙本も作ってます)。
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