蚊帳(かや)

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 目の前に蚊帳が吊られている。畳二畳ほどの広さだ。中では白黒テレビが点いており、その明かりで中の様子が見えた。丸い食卓の、向かって左側に主人と思しき男が黒い着物を着て座っている。私に背を向けて座っているのはその妻らしい。白い割烹着を着ている。女の右隣にはまだやっと立てるぐらいの幼子が食卓に手を付いている。
 三人は食事をしている。母親が里芋を食わせようと突き出した箸を子は手で払った。母親が転がった芋を拾って叱りつけると子は泣き出した。主人は何も言わずに茶碗を差し出した。妻はそれを受け取って飯をよそるとまた子供に食事を与え始めた。
 暫くして主人が茶碗を食卓の上に置くと唐突に怒鳴り声をあげた。
「くだらん!」
 幼子が驚いたように尻餅をついて、少し間を開けてまた泣き出した。妻は子を抱き上げて腿の上に座らせると「急に大声を出さないでください」と文句を言った。
「全く馬鹿馬鹿しい」
「だったら見なきゃいいじゃありませんか」
「せっかく買ったんだ。使わなくちゃ勿体ない」
「だったらがまんしたらいいじゃありませんか」
「実際くだらないんだからしょうがない」
 主人はテレビドラマに文句を言っているのだった。ブラウン管の中でも家族が食事をしていた。
「こっち側に誰も座らんなんて事があるか」
「きっとテレビが置いてあるんですよ」
 妻は子の世話をしながら面倒くさそうに答えた。
「こんなに似ていない兄弟がいるものか」
「あなただってお兄さんと似ていないじゃありませんか」
「どっちの親にも似ていないんだぞ」
「じゃあ再婚されたんでしょ」
 主人は茶を飲むと湯呑みをドンと置いた。
「一体どんな馬鹿者がこんなくだらん番組を見てるんだ」
「怒るために月賦を払うような人でしょう」
 妻は立ち上がるとテレビを消した。暗くなると同時に三人も消えた。暗闇の中で私は考えた。女の言っていることのほうがもっともらしく思えたが、男の言い分も分からないではなかった。いずれにせよどうでもいいことだった。特に共感するという話でもない。私には何の関係もない。

 私は蚊帳の外にいるのだから。

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玖万辺 サキ
最近はあまり遊べないっすね。
玖万辺 サキ

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