贋作林檎 〜intro〜 

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「スピカはね、真珠星って呼ばれてるんだよ」


 深夜2時、2年前に卒業した中学校の屋上。満天……とは言い難いが、それなりに綺麗な星空の下で、五嶋三夜子は長い長い黒髪をかきあげつつ、言った。


「でもね、私は真珠なんていらないの……」 

 指先に巻きつけられた黒髪がするりと落ちるのを、僕はただ見つめていた。 
 30年後も40年後も、ボクはきっとこの瞬間を、一つ残らず覚えている。そう確信できた。 

 中学三年生の2学期というとんでもないタイミングで、穂高の中学から都内の中学に転校してきた日。9月だというのにその年の最高気温を記録し、うだるような暑さと濁流のような蝉の声の響く教室の中で、半ば白けながら、ボクはテンプレートな自己紹介をしていた。 
 それにしても暑い……信州の夏は、気温こそ高いけれどこんなに不快な暑さではなかった。
緊張による過呼吸と暑さで、頭のなかが白みかけた時、授業時間の教室には不似合いな音を、ボクは聞いた。


 ……シャリッ 

 ディストーションギターの狂奏のような蝉騒の中、清廉な果実を喰む音が混じる。 

 ……シャリッ 

 また。 
 音の主は、窓際の一番後ろの席に居た。 
 冗談のような長さのロングヘアーに無闇矢鱈と白い肌の少女は、椅子に立膝をつき、細く長い指に握られた、旬にはまだ四半年程早い果実をつまらなそうな顔で齧っていた。 

「大山の席は……五嶋の隣が空いてるな。あそこの席に座ってくれ」

国民的アニメの主人公の15年後といった風貌の若い眼鏡の担任教師に促され、気怠そうに林檎を齧る少女の隣の席に座った。

「……どうも」

 何の挨拶もしないのもおかしいかと思い、明らかにおかしな生徒を放置する教室内の、明らかにおかしな行動を行っている当事者に、一応の挨拶を送る。

 彼女はボクを一瞥すると、何故だか少し驚いたように瞳を丸くし


「食べる?」

と言い、齧りかけの林檎をボクに差し出した。
うん、この子はちょっと……いや、かなりおかしい。

「ん」

と顎をしゃくり、『喰え』とボクに促す。
 どうしたものかと逡巡していると、彼女は憮然とした表情で更に林檎をひと齧りすると、椅子から飛び降り、ひらりと僕の眼前に顔を寄せた。 
 一瞬、何が起こったのかわからなかった。 
 ふわりと甘い香りと、唇に感じる柔らかな感触。口中に甘味のある塊を押入れられた僕は、咄嗟に身を引き口を閉じる。 

 シャリッ 

 中途半端な甘味と固さのそれは、今しがたまで目の前の女の子の口中にあった林檎だった。 

 出来の悪い御都合主義の少年マンガのような出会いが、ボクと三夜子のファーストコンタクトだった。 
 ファーストコンタクトでファーストキスを奪われたボクに、唇の簒奪者は耳元で囁いた。


「御愁傷様」 

 転校当日から、ボクの学校生活はゆるやかな孤立に支配された。 
 誰一人ボクに積極的に近づこうとはしないが、理不尽ないじめや身体的な苦痛を与えられることはなかったし、もとより誰かと居ることに、両親にさえ苦痛を感じるボクには、それはむしろ心地よいものだった。 
 ボクが手にした心地よい静寂は、疑いようもなく三夜子によって齎されたものだ。 
 クラス内で空気のように扱われ、疎まれるでも迫害されるでもなくそこに居ないものとして扱われる、奇異な存在である三夜子。その三夜子に引き込まれたボクは、彼女の同類とカテゴライズされ、次に忘れられたのだろう。 ドラキュラに血を吸われた人間がその眷属となるように。 
 何故ボクだったのか? その理由を問うと彼女は


「無駄がないように見えたから」 

 と答えた。

「無駄?」

ボクは返す。

「そう、無駄。世界ってホント無駄だらけ」


  三夜子は携帯を持たない。パソコンも授業以外では使わないし、流行りもオシャレも我関せずだ。それらは、三夜子に言わせると全て『無駄』なのだと言う。

「そもそも、あんなものを使ってるから既読スルーがどうのバカッターがどうのSNS疲れがどうのって話になるのよ。承認欲求を満たしたいなら、もっと他にやりようがあるんじゃないかしら」

「盗んだバイクで走りだしたり、夜の校舎窓ガラス壊して回ったり?」


「それは私にとって、リアリティも共感も感じない世界だわ。仮にそれがある時代、ある特定の層にとってのリアルであったとしても、それは私ではないもの」


「でも、『無駄』のない世界なんて、なんだか味気なくないか?」 

「大山クンの指摘は少し的外れね。『無駄』の定義が違う。私は携帯を弄ったり、目鼻立ちと人当りの良さだけが取り柄の雄に発情して騒いだり、誰に張っているのかわからない見栄にお金を使うことこそ、無駄の最たるものだと思うわ。」

「発情って……なんだかスゴいな……女子って、頭の中恋愛で一杯にしてるのかと思ってた」 

「あんなものは恋愛ではないわ。自分達の身勝手な欲望を、手近にいた容色のいい異性に投影して悦に入ることは、少なくとも人間関係とは呼べないもの。それから…… 

三夜子はボクの双頬を摘み上げ、自分に向かせると 

「私をカテゴライズしないで! 私を規定しないで! 知ったような顔で、どこかで聞いたようなことを、年齢や性別や血液型や生年月日が同じなだけの不特定多数の誰かの話を、私に当て嵌めようとしないで!」 

 三夜子は静かに、しかし激しく怒っていた。 
 三夜子の怒り、三夜子の苛立ちが、鋭い瞳から迸っていた。 
烈火の視線を真正面から受け、ボクはたじろぐ。 
まさに『手近にいた容色のいい異性』である三夜子に恋をしつつあった自分の心の奥底を見透かされたような、『浅薄だ』と非難されたような、えもいわれぬ居心地の悪さを感じた。 
けれど彼女の言い分も理解できる。『大山クンはA型だから~』だの『山羊座の性格は~』だのと言われるたびに、薄弱な根拠で十把一からげに他人をカテゴライズする人間に、嫌悪と恐怖を抱いていた。 
しかし一方で、ボクもまた怒りの気持ちが擡げてきていた。


『じゃあ、なんであのときキスなんかしたんだよ?』

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